
オビドス
Óbidos
テージョ社の高速バスに乗って、リスボンの北約80kmに位置するオビドスに遠足に出かけた。紀元前300年ごろケルト人が作った街といわれる。ローマ、続いて西ゴートによる支配を経て、8世紀にはムーア人に占領されたが、1148年、のちに初代ポルトガル王となるアフォンソ・エンリケスがオビドスを征服した。
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道中
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↑メトロ(地下鉄)カンポ・グランデ駅そばの停留所に停車中の、テージョ社のオビドス行き高速バス。 |
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↑北に向かうにつれて標高が上がり、山の上では濃い霧になった。束の間の晴れ間に、風車がぼんやり見えた。 |
街の入り口
オビドスのバス停の向かいに、街の入り口へと続く階段がある。階段を上って左手に進むと観光案内所がある。パンや土産物の露店も並び、なかなかにぎやかだ。一方、右手に進むと、街の玄関である「ポルタ・ダ・ヴィラ」と呼ばれる門がある。
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↑バス停向かいの階段。旗の立っている建物がポルタ・ダ・ヴィラだ。 |
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↑ポルタ・ダ・ヴィラ。天井の抜けた四角い塔の南と北に、出入り口が1つずつ開いている。写真は南口で、町の外側を向いている。 |
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↑ポルタ・ダ・ヴィラの内側。アズレージョ(タイル画)は、キリストの受難を題材に18世紀に描かれたもの。天井の絵も美しい。 |
西側の城壁の上を歩く
ポルタ・ダ・ヴィラの北口を出ると左右に階段があり、どちらも城壁の上に通じている。左手の階段を上がり、西側の城壁から町北端のお城を目指した。
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↑通路の幅は狭く、大人同士がどうにかすれ違うことのできる程度。 |
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↑長い城壁が、白壁の家々を抱きかかえるように取り囲んでいる。奥の頑丈そうな建物がお城。 |
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↑お城。イスラム教徒のムーア人が建て、オビドスを征服をしたキリスト教徒が増築した。1755年のリスボン地震で倒壊し、しばらくの間放置されていたが、修復されて現在はポサーダ(国営の高級ホテル)になっている。 |
街角
西側の城壁はお城の手前で行き止まりだったので、階段を下りて街を散策した。城壁の上を歩いている時の街は、赤い屋根瓦の湖みたいだったが、地上に降りると雰囲気はまったく違った。白い壁や石畳の路地が複雑に入り組み、中央通りのディレイタ通りから脇道にそれると、すぐに迷子になりそうだった。
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↑壁の根元や角が青、またはオレンジ色で塗られている。 |
伝統のサクランボ酒、ジンジャ
オビドス産のサクランボを使い、僧侶たちの間に古くから伝わる製法で作られた上質の果実酒、ジンジャを堪能した。手っ取り早く言うならウイスキー・ボンボンの中身かな。甘酸っぱくてサクランボぽくて、サイコーにおいしい。アルコール度数は20度と日本酒よりも強いので、口当たりがいいからといって、いっぺんに2杯も3杯も飲んだらイケマセン。
ディレイタ通りには、土産物屋さんに混じってジンジャのスタンドがたくさんある。値段に大きな差はなく、チョコレートでできた小さなカップ1杯、1ユーロ(135円)が相場だろう。
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↑チョコレートカップに注がれたジンジャ。紙ナプキンにちょっと染みているように、赤ワインに似た色をしている。空になったカップはもちろん食べられる。 |
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↑2杯も3杯もジンジャを堪能した、ごひいきのスタンド。大小のボトルはすべてジンジャ。チョコレートカップとセットになった、おみやげ用のパックもある。 |
東側の城壁の上を歩く
午後、お城の脇の階段を上がり、東側の城壁の上を歩いた。午前中とは逆方向で、今度は街の入り口のポルタ・ダ・ヴィラを目指すことになる。ジンジャのほろ酔いは覚めているはずだけど、転落注意。
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↑塔の下にポルタ・ダ・ヴィラがある |
水道橋 Aqueduto da Água
オビドスの街を出てバス停に向かって歩くと、正面に古いアーチが見える。16世紀に造られた、長さ3kmの水道橋の端っこだ。
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